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最大最強。

 投稿者:齋藤。  投稿日:2018年 8月 7日(火)08時30分46秒
  044 03月22日

最大最強。

 修了式、高校1年生最後の日です。今となっては 「あっ」 と言う間でしたが、よくよく振り返ってみると私にとっては実に長い198日間でした。クラス担任として、こうやって1年間が終わる日に必ず伝えていることがあります。今日はそんな話で締めくくらせてください。「楽天性」 の話です。
 1年1組36人の諸君には、それぞれ36通りの苦しみ、悲しみ、悩みがあったはずです。小さなものから大きなもの、浅いものから深いものまで、それらをそのまま合わせたとしたら、1組は悩みや苦しみがどよ~んとあふれた、もののけの集まった凄いクラスになってしまっていたでしょう。
 ところが1組はそこまでにはなりませんでした。それは諸君がどんな時でも、笑顔を失わなかったからだと思います。笑顔といっても、無責任にニヤニヤと笑うものではなく、明るく笑いあう笑顔のことです。その笑顔を出すことによって、苦しみ、悲しみ、悩みを乗り越えるだけの力を生み出してきたのです。
 実はこの力の源(みなもと)は、我々人間が誰でも持っている 「楽天性」 というものなのです。『現実を最良の世界とみなし、人生は善(ぜん)であり、愉快(ゆかい)であり、希望は実現されると考え、人生に明るい見通しを持っていること』 と、モノの本には書いてあります。無意識か、意識してかはわかりませんが、諸君は諸君自身が持つこの 「楽天性」 によって、数々の苦しみを乗り越えてきたということです。
 「ジジー」 「酔っ払い」 「ハゲ」 ・・・、諸君から見た私のイメージはどんなものだったでしょうか。「悩みなんかないでしょ」 なんてよく言われますが、とんでもありません。諸君の担任をさせてもらっていたこの1年間、毎日悩みやヘコみを抱えてオロオロしていましたし、私自身の持つ 「楽天性」 だけではどうにも立ち直れないコトが何度かありました。
 そんな時、諸君の 「楽天性」 にはずいぶんと助けてもらいました。授業中、休み時間、清掃時間、放課後・・・。共に過ごす中で諸君から受け取った 「楽天性」 は、私にとって本当に最大最強の武器となりました。
 そう、この 「楽天性」 は、我々人間の持つ力の中で、最大最強のものなのです。誰にでもつらい時はあります。諸君はこの先の人生で、どれだけそんな思いをするかわかりません。そんな時は、つらければつらいほど笑うのです。そしてその笑いから生まれる 「楽天性」 を武器にすれば、どんなものにでも立ち向かっていけるパワーを生み出すことができます。このことを絶対に忘れないで欲しいのです。
 『楽天性こそ最大最強!』
 今日で1年1組はおしまいです。1年間楽しい思いとパワーをありがとうございました。担任をさせてもらって幸せでしたよ。
さようなら。
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主張ばかりしていても、誰も意見を聞いてくれない。あなたには注目するかも知れないけど

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よぼー。

 投稿者:齋藤。  投稿日:2018年 8月 7日(火)08時29分59秒
  043 03月01日

よぼー。

週末ですが普通バナシです。さて、昨日の卒業式はどうでしたか。自分の時にあんなDVD見せられたら泣いてしまうかも・・・、なんて言ってくれたヒトもいましたが、総じて良い卒業式だったと思います。諸君の取り組みも、後ろから見ている限りは良かったですよ。
んが、この話はここまでです。今日から学年末試験が始まります。2年後の3月1日、諸君が昨日の3年生のように、素敵に卒業していくためのパーツのひとつです。
学年末試験は試験の得点が低かった際のリカバリー期間が無い、一発勝負の試験です。「赤点採った・・・」 なんて言っている余裕が無いので、助走しなさいと言ってきました。終礼の時、「助走、助走、助走、助走、助走、助走、助走・・・!」 ということを散々言い続けてきましたからね。で、その助走に関係アリのハナシをヒトツ・・・。「予防」です。助走をしたにも関わらず、「赤点を採りそうだ」 と感じたら必ず予防しなければならないのです。
唐突(とうとつ=いきなり)ですが、我々人間は、「歯を使う→虫歯になる→痛い→歯医者に行く→コワイ」 という図式が出来ているから、歯を磨く、という予防行為をします。これを試験に当てはめてみます。「試験を受ける→赤点を採る→親御さんが呼び出される→進級できない→ヤバイ」 という図式が成り立ちます。赤点予防をしないヒトは、甘いものばかり食べているのに歯を磨かないヒトみたいなものです。そんなヒトでは困ります。
予防をしていないヒト、今日からでも遅くありません。赤点予防行為に取り組んでください。諸君が試験期間中の午後や、この土日にすべきことがはっきりとしましたか。
 「なんだよ、助走と予防の区別がつかねーよ!」 と言うヒト、心配はいりません。助走も予防も、それぞれ言葉の意味は違いますが、やることは同じだってば。
 先日の頭髪検査がノットクリアだったヒト・・・。こちらも助走なり予防なりをするべし。

 男子:パーマ・染色・脱色・変形刈り(ツーブロック)及びまゆ剃りは禁止。整髪料禁止。前髪は目にかからない、横は耳が全部隠れない、後ろは襟(えり)にかからない長さとする。
 女子:前髪は目にかからない長さとする。かかる場合はピンでとめる。パーマネント、ウェーブ、カール(ドライヤーによるカール、くせづけも不可)、付け毛、染色、脱色等を厳禁する。 等など

 良い週末を。
 ぢゃな。
3月の予定
  2日(金) 学年末試験 ~7日
  8日(木) 写真撮影 補講・確認テスト期間開始(授業3限まで)~14日
 16日(金) 短縮授業
 20日(火) 生徒臨休
22日(木) 修了式
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ひとつひとつの行動に意識を集中しよう。無意識に行動する限り、目標に到達することはない

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週末のお馬鹿話21。 

 投稿者:齋藤。  投稿日:2018年 8月 7日(火)08時29分0秒
  042 02月23日

週末のお馬鹿話21。

 中学の頃、仲のよい友人がいました。中学2年も終わりに近づいた時、名古屋に引っ越して行き、高校の頃一度家に泊りに来た時以来、疎遠(そえん)になってしまい、お互い連絡をとることもなくなっていきました。その後、大学に通うために都内でひとり暮らしをしているという話は聞いたものの、本当にぷっつりと音信が途絶えてしまいました。
 お互いの実家もいつのまにか移動してしまい、連絡を取りようにも手段がありません。大学を卒業して社会に出てからもヤツのことをふと思い出すことしばしばです。その度なんとか探し出そうと電話帳で検索したり、ヤツの父親の会社から手がかりをつかもうと思ったり、挙句の果てには、ヤツが卒業したであろう大学の学生課に問い合わせをしようとしたり・・・。最終的には興信所(探偵さんだな)に頼んで探してもらうしかないか・・・とまで考えていました。
 とにかくそれほどまでに会いたい、20年近く経った今でも探し続けていた、大切な友人だったのです。そんな思いを以前、自分のホームページにも書き記したことがあります。
 そんなある日、パソコン宛に一通のメールが届きました。

 『拓 偶然、おまえのHPをみつけた。おれは生きてるよ。 ちょっと感動してる。 いま、豊島園のそばに住んでる。 とりあえず「」付で個人名をネット上に載せるのはやめろ。 でも、そのおかげでこのメールが送れるわけか。 すぐにでも会える。 連絡よこせ。 はやく。 電話番号○○○・・・・・・』

 メールの差出人名には、探し続けていたヤツの名前が記してありました。それを見た瞬間、言葉を失いました。これは本当なのか、たちの悪いいたずらではないのか・・・・・・。
 しかし、内容や言葉づかいは、どう考えても、懐かしいヤツのものです。明らかに探し続けていたヤツからのメールでした。
 運命のいたずらというか、気まぐれというか・・・・・・これほどまでに驚き、感動したことは滅多にありません。このまま何もしなければ、一生会えることのないと思っていたヤツと再会できるのです。メールの返事を打つ手は自然と震えてしまいました。
 速攻で連絡をとり、我々は当然のように、その日の午後に再会することになりました。高速道路を走りながら、20年という歳月をどう埋めていけるか・・・。どんな顔して会ったらよいのか・・・等などいろいろな思いが浮かんできたのですが、会ってしまえばそんなものは何処へやら、私の目の前には、まったく変わらぬヤツが座っていました。気がつけば呑み始めてから6時間以上が経っていました・・・・・・。
 その後ヤツとは年に数回会うようになりました。話がしたいな、と思っていると電話がかかってきたりもします。持つべきモノは友人だと再確認しています。
 人生って思った以上に素敵だぞ。SNSなどほぼ存在しない、今から10年程前のハナシ・・・。
 良い週末を
 ぢゃな。
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運動しよう。体中の細胞にエネルギーが行き渡るのをイメージして

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週末のお馬鹿話20。

 投稿者:齋藤。  投稿日:2018年 2月17日(土)10時31分30秒
  041 02月16日

週末のお馬鹿話20。

 ここ最近はひっじょーに寒い日が多くなっています。実は寒くなると一人暮らしを始めた時のことを思い出します。足利に越して来てから、部屋の中で吐く息が白くなったり、温度が氷点下になったり、ということを初めて体験したという事がその理由です。布団から出たくないよー、といった状態です。
 その布団ですが、陽当たりが全く無い部屋でしたから、干す場所がありません。そのまま使っていると、何か生えて来てしまいそうな感じです。布団を干さないワケにはいかないので考えました・・・。考えて考えてひとつの答えを出しました。「そうだ、クルマの上に干そう・・・。」
 とある日曜日、家の前の道路にクルマを停めました。布団が汚れると困るので、ボディを雑巾で拭き、そして部屋から、布団を運び出しました。ボンネットからフロントガラス、屋根、トランクに至るまで、全て布団で埋め尽くしました。クルマのボディ自体が既(すで)に温まっているので、上からも下からも温められて、布団はポカポカになること間違いなしです。まさにグッドアイデア、「俺って天才!」状態でした。
 とても良い気分になった私は、半(なか)ばスキップ状態で、目の前のスーパーに夕飯の買い出しに行きました。ほんの数分後、戻って来た私の目に映った光景は・・・。
 布団に埋もれたクルマの前にたたずむ二人の婦人警官でした。
 「あ~、すみませ~ん。すぐ動かしま~す(*^_^*)」 「駐車違反です(-_-)」 「ほら、この奥が私の家なんですけど、全く陽が当たらないんですよぉ~(*^_^*)」 「駐車違反です(-_-)」 「ほんのちょっと前に停めたばかりなんで、まだ違反になりませんよね~?(*^_^*)」 「駐車違反です(-_-)」 「「え、なんで?大目にみてくれますよね?(*^_^*)」 「駐車違反です(-_-)」 「いや、そんなはずないです(*^_^*)」 「駐車違反です(-_-)」 「まだ5分も停めてないですよ(*^_^*)」 「駐車違反です(-_-)」 「停めた時から見ていたわけでもないくせに、決めつけないでくださいよ(*^_^*)」 「駐車違反です(-_-)」 「まだ違反にならないでしょ(*^_^*)」 「駐車違反です(-_-)」 「あ、このクルマ停めたの私じゃないんですよ(*^_^*)」 「駐車違反です(-_-)」 「あれ?こ、これ誰のクルマかなぁ・・・(*^_^*)」 「駐車違反です(-_-)」 ・・・。
 カワイイ顔をしているのに、何を言おうが聞き入れてくれない態度に、だんだんムカついてきました。そりゃぁ悪いのは私ですが、家の前で布団を干すことぐらい大目に見てくれたっていいじゃないですか。のどかな休日のワンシーンです。人情もへったくれも無いんだから・・・。
 ま、警察官たるもの、これくらい毅然(きぜん=しっかり)としていないとつとまらないのでしょう。いい加減な私とは大違いです。
 と、いうことで路上駐車したクルマの上で布団を干すのはやめましょう。
 私ももう少し毅然とするべきか・・・。
 良い週末を。
 ぢゃな。
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感謝しなさい。人にできる限りのことをしてもらうためにも

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週末のお馬鹿話19。

 投稿者:齋藤。  投稿日:2018年 2月17日(土)10時30分44秒
  040 02月09日

週末のお馬鹿話19。

 今ではすっかり色気から遠のいてしまったくそじじー齋藤ですが、色気づき始めた頃は、バレンタインともなるとそわそわして、いてもたってもいられませんでした。「義理チョコ」 というものが存在しない時代です。
 学校にいる時に直接もらえないと、「きっと下駄箱や机やロッカーの中に入っているんだ」 と思っていました。それでももらえないと、「きっとウチに持ってくるんだ」 と思い、またまたそれでももらえないと、「きっと今日の夜にポストに入れに来るんだ」 なんて思っていました。そして翌朝、ポストに何も入っていないと、「昨日の放課後、学校の机や下駄箱の中に置いていったヒトがいるんだ」 と思いながら登校する、まさに自意識過剰の色ボケ少年でした。登校後、学校に何もないのを確認して、やっとあきらめをつけるのです。本当にお馬鹿で困ります・・・。そんな私が初めてバレンタインチョコをもらえたのは、小学校5年生の時でした。
 「ねぇ、たっくん、放課後音楽室に来て」 昼休み、同じ5年7組の女子が半(なか)ば強引に声をかけてきました。「あ、うん・・・」 そして放課後になりました。
 「なに?」 「あのね、カオルがたっくんにチョコレートあげたいんだって」 「え”っ?あ、そ、そーなんだ・・・」 音楽室のテレビの陰から四角い箱を持ったカオルさんが出てきました。「はい、これあげる」 「あ、ありがとう」
 「なに?なんだったんだよー」 「ん、なんでもないよぉ・・・、かえろかえろ!」 なにくわぬ顔で友達と家路につきましたが、心臓はばっくんばっくんでした。団地の階段を4階までかけあがり部屋に入って、包みを開けると、・・・。そこにはハート型のチョコレートが入っていました。
 さて、ここからが問題なのでした。
 もらったのは良いのだけれども、その後どうしたら良いのかがわかりません。その日以降もカオルさんとは、「女性」 を意識することなく遊んでいました。やがて卒業して、カオルさんはF葉学園という都内の超お嬢様中学校に進学していきます。そして、自然と会わなくなっていきました。
 ホワイトデーというものの意味と存在を知ったのは、そこから数年後のことです。 「あ、しまった。カオルさんに返事もしてないし、お返しもしていない・・・」 と思った時には、時すでに遅し、私は彼女の精一杯の 「告白」 を、さらっと流してしまったかもしれないのです。そんな私に対してフツーに接してくれていたカオルさんは、今思えばスッゲーいい女子なのだな・・・と、思ってしまいます。スラリとした姿に、茶色いサラサラの長い髪の毛が印象的でした。
 20年程前、舞台女優になって活躍している、という話を聞きました。その後も活躍している様です。実は数年前、ネット上で再会を果たすことができました。今でも女優として舞台をこなしています。当時は 「好きだ」 ということをきちんと意識出来ない未熟な少年でしたが、今思うと、明らかに好きだったようです。
あ“っ!女優を妻にするチャンスを逃した・・・。
 良い週末を。
 ぢゃな。
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すぐに人を判断しないこと。あなたがばかにしている人の話をよく聞いてみるといい。大切なことを教えてくれるはずだ

http:// 

 

週末のお馬鹿話18。

 投稿者:齋藤。  投稿日:2018年 2月17日(土)10時29分58秒
  039 02月02日



 セキセイインコのぴーちゃんは、私が中学1年の時、我が家にやってきました。と言っても買いに行ったのですけれども。まだ自分でエサを食べられない状態なので、手の上に乗せて、お湯でふやかしたエサを耳カキのようなヘラで与えるのが、私の日課になっていました。
 「はい、ぴーちゃんごはんだよぉ」 「ぴーぴー」 「おいちーでちゅかー」 「ぴーぴー」 「はい、もっとたべてくだちゃいねー」 「ぴーぴー」 「かわいいでちゅねー」 「ぴーぴー」
 会話になっていません・・・。それにしても、どうして子供やペットに話しかける時って、こういった口調になってしまうのでちょう。
 自分でエサを食べられるようになった頃には、すっかり慣れてきたので、私が部屋にいるときはカゴの扉は開けっ放しにしていました。私がぴーちゃんぴーちゃんと呼ぶものですから、そのうち彼もぴーちゃんぴーちゃんと鳴くようになりました。お、コレは面白いと思った私は 「たっくん」 も教え込みました。部屋の中で、じゃんじゃかじゃんじゃかとギターの練習をしている私の横にきては、右手の動きに合わせて、一緒にアタマを上下させているぴーちゃんでした。
 なんだかんだと私が就職するまで一緒にいたのですが、本校に勤めるようになり、足利に住み始めてからは、当時母と住んでいた浦和のアパートに残してきました。それでも週末浦和に帰るたびに、カゴから出して遊んでいました。
 ある日、帰宅すると母から 「ぴーちゃんが大変よ」 と電話が入りました。着替えもそこそこにしてびゅびゅーっと実家に向かい、ぴーちゃんのカゴの前に・・・。そこにはカゴの床の上で横たわっているぴーちゃんがいました。木にとまるチカラもないのです。
 そーっとカゴの外に取り出し、手のひらで包み込みました。いつもお互いに鼻先を突っつくような形で、ちゅんちゅんとやっていたので、私の鼻先にぴーちゃんの顔を近づけましたが、苦しそうに呼吸をしているだけで、首を動かすこともできないようです。そしてしばらくした後、小さく 「ぴー」 と鳴くと、私の手の中で深い眠りについてしまいました。
 ぴーちゃんと過ごした年数は14年間、諸君の年齢とあまり変わりません。思春期というか、人生のうちで最も多感な時期を一緒に過ごしてきたので、ぴーちゃんとの思い出は数知れない程あります。隣の部屋にいる母に聞こえないように、声を押し殺してひくひく泣いていたのを覚えています。
 それにしてもセキセイインコが、これほどまでに長生きするものだとは知りませんでした。アパートの脇に勝手に穴を掘って、ぴーちゃんを手厚く葬(ほうむ)りました。
 それからもう20年以上が経ちますが、近所を車で通る時は、今の部屋の住人に気付かれないように、こっそりと手を合わせに行っています。
 職務質問受けたらどうしましょ・・・。
 良い週末を。
 ぢゃな。
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人のやり方など関係ない。必要なことさえしてしまえば、あとは好きなようにすればいい
 

ひとつの人生。

 投稿者:齋藤。  投稿日:2018年 2月17日(土)10時29分13秒
  038 02月01日

ひとつの人生。

 我々ニンゲンは、「人生ってなんなのだろう」 「生きているってなんなのだろう」 としばしば考えることがある生き物です。私も寝る前とか、寝起きとかに布団の中でふと考えてしまうことがあります。「このままでいいのか?」 「おい、お前は今の生活に満足しているのか?」 と・・・。別に自分が今まで生きてきた、この人生や生き方を否定するわけではないのですが、今の私につっこみを入れてくる、もうひとりの私がいるのです。
 諸君に話をしたことがありましたっけ?実は私、人生は120年だと思っています。というか、そこまで行き続けてやろうという意気込みです。しかし120年も生き続けると、ニンゲンってどーなっちゃうのでしょう。ほぼ妖怪と化しているかもしれません。70年後に妖怪になっているであろう、そんな私は52歳なので、まだその半分に到達していないということになります。
 まだまだ残りは今までの人生の倍以上もあるということになります。ですから↑に書いたように、もうひとりの私がつっこみを入れてくると、「よっしゃぁ、この先の人生はどー過ごしていこうかなぁ?」 なんて反応してしまうのでしょう。なぜかというと、生涯ひとつのことをやり遂げるのもひとつの人生、新しい生き方を選択するのもひとつの人生ですから。
なぜいきなりこんな話をするのかというと、それにはワケがあります。実は4月に諸君の担任を持った時、私には諸君に対するひとつの目標がありました。「この1年間で、諸君の半分以上に将来就きたい仕事をイメージさせる」 というのがその目標でした。現在三者面談を行っています。そしてもうすぐ来年度の系選択調査も行います。
そんな中で、まだ将来のイメージが決まりきっていない諸君がいる・・・。これは完全なる私の惨敗です。くやしーぞ。
 それなので、そんな諸君はとりあえず、もう一度自分自身に問いかけをしてみて下さい。自分が将来どうなっていたいか、ということです。少しでも、「ひとつの人生」 を決められるように、ここいらでもう一度自分を見つめ直して下さいな。そして 「ひとつの人生」 を選択してください。
 けれども、私のように50歳を過ぎても、「この先の人生どーしよっかなぁー」 なんて考えているヒトがいるのですから、諸君の中に決まっていないヒトが居てもおかしくないかな、とも思ってしまう矛盾だらけの私もいます。
 け・れ・ど・も・・・、そ・れ・で・も・・・、よくよく考えれば諸君と私は全く違います。私はすでに 「教師(立派な人間とは程遠いいけれども・・・)」 というひとつの人生を選択しています。諸君はこの先、自分が過ごしていくであろう、「ひとつの人生」 を選択していかなければなりません。「なんでもいいや」 「どうでもいいや」 「なるようになればいいや・・・」 では困るのです。
 そして私のようにひとつの仕事に就いたはいいけれども、更にそこで、「この先の人生どーしよっかなぁー」 なんて考えるのはアリだと思います。
なんてことを考えている今日この頃でした。
 ぢゃな。
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あなたがあなたであることに満足しなさい。誰かに満足させてもらおうとしたところで、決して満たされることはありません
 

素直。

 投稿者:齋藤。  投稿日:2018年 2月17日(土)10時27分31秒
  037 01月30日

素直。

 以前、注意は素直に受けとめましょう・・・的な話をしたことがあるような無いような・・・。今日はそのことについて、少し掘り下げてみたいと思います。
 私もニンゲンです。50年の人生の中で、数え切れない程の失敗を繰り返してきました。諸君だってニンゲンです。今までの人生の中で、同じくいくつかの失敗を繰り返してきたと思いますし、おそらくこれからも繰り返していくはずでしょう。
 そんな中でヒトに注意をされて 「なんだよ、うるさいなぁ」 と素直に受けとめられなかったのは、どういう時だったか考えてみました。大きく二つに分かれました。「貴方に注意されたくない」 と 「こんなのは注意されることではない」 です。
 「貴方に注意されたくない」 というのは、注意しているヒトにその資格がない時です。立ち読みをしている時に、「立ち読みするのは遠慮してくれませんか」 と、隣で立ち読みしているヒトに言われたら、 「はぁ?なに言ってるの?」 となりますよね。ま、こういうパターンは諸君の日常ではあまり起こらないでしょう。
 「こんなのは注意されることではない」 というパターンの方が、日常でよく起こりそうです。自分を含めて何人かの立ち読み客がいる本屋で、「立ち読みをするのは遠慮してくれませんか」 と、店員に言われたら、「はぁ?だってみんなやってるじゃん。放っといてくれるぅ?」 となりませんか。「自分に注意する前に、他のヒト達に注意してくれよぉ」 と思うヒトが多いかもしれませんね。
 これを分析すると、「ワルイコトだとわかってはいるのだが、みんながやっているからやってしまう」 「注意するヒトとされるヒトとのワルイコト度にずれがある」 ということが 「はぁ?」 となって、注意を素直に受けとめられなくなる原因のようです。
 諸君にあてはめてみましょう。たとえば、我々から注意をされるヒトは、何かしら注意をされなくてはならないワルイコト(部分)を持っているヒトです。諸君からしたら、みんなもやっている小さなワルイコトかもしれませんが、我々からしたら、みんなに注意しなくちゃいけないワルイコトなので注意をします。それでも 「はぁ?」 と感じてしまうヒトがいたとしたら、かなりの困りモノです。
 だってそーでしょ。ワルイコトに大きいも小さいもありません。ガム一枚盗ったってATM機一台盗ったって罪は罪です。捕まってしまいます。
 んで結局ナニがいいたいのか・・・・・・。
 教室でも学年でも、集団というものがあれば必ずキマリというものがあります。そのキマリを守ることを学ぶ場所が学校です。この先、諸君が社会にで出たら、キマリを守る時には、「我慢」 が生じることがあります。「みんなやってる」 「注意されることではない」 で済ませてしまわずに、「守りたくないけどキマリは守る」 といったスタンスを持つことができれば、ニンゲン的に成長していけるはずです。注意を素直に聞ける人という事を、更に心掛けていきましょうよ。
 ぢゃな。
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勇気を持って今を生きろ。そうすれば不安は克服できる。未来の不安は、未来の自分が解決してくれる
 

助走。

 投稿者:齋藤。  投稿日:2018年 2月17日(土)10時27分0秒
  036 01月23日

助走。

 これ、以前に話をしたかもしれません。だとしたらそれほど大切なことだと受け止めてください。
 助走って何でしょう?イメージしてください。あなたは自転車に乗っています。少し先の赤信号には、停止線で止まっている自転車があります。その後ろからちょろちょろと走っていあなた、その時信号が青に変わります。さあ、リードしたまま一気に走り抜けるのはどちらの自転車ですか、っていうハナシです。答は言わなくてもわかりますよね。ソレが 「助走」 なのです。次にやるべきことが決まっているのであれば、助走(準備)をつけておくほうがコトはうまく運んでいくのです。以下2つ、↓たとえば・・・、の話。

 「今日は金曜日。来週から試験だから、明日から勉強しよーっと」 というヒトがいたとします。土曜日になったので、試験勉強のために本屋に行きました。欲しかった参考書は在庫が無く、週明けに入荷すると言われてしまいました。その結果、試験勉強は月曜日からスタートすることになりました。←これは助走をしなかったヒトのパターン。

 「今日は金曜日。来週から試験だから、明日から勉強しよーっと」 というヒトがもうひとりいました。明日から勉強スタートなので、学校帰りに本屋に明日から使う参考書を買いにいきました。ありました、最後の一冊が残っていたので、買って帰りました。土曜日、朝起きてからその参考書をもとにスムースに勉強を始めることが出来ました。←これが助走をしたヒトのパターン。

 いろいろな意味で、またいろいろな場面で、「助走」 をすることというのは大変重要なことになってくるのです。諸君は認識していましたか。「今日1月23日は火曜日だし、雪で学校始まるの遅かったし・・・」 なんて思わないでください。もう来年度直前です。明日から、来月からなんて言わずに、もう今日から来年度をぶん回していくための助走期間にしてください。この学年の締めくくりの大切な時期は、「助走」 を意識して過ごしてもらいたいと思います。
 なんだかんだとあっというまでしたが、間もなく1年1組はおしまいです。うざったいじじーな担任だった面もあったと思いますが、諸君には感謝しなければいけないこともいくつかありました。それについてはそのうち話をします・・・。まぁとにかく女装を・・・、いや、助走を意識していくのよ~。
 さて、ここからは少しおまけの話です。来年以降、諸君がもし何か問題を起こしたり、注意を受けたりした時、ほぼ必ず問われること、「お前1年の時は誰のクラスだったんだ?」と聞かれることがあります。私としてはそんなことはどうでも良いことだと思っているのですが、そんなことを気にするヒトもいるのが世の中です。逆に良いことをして誉められた時にも、「お前1年の時は?・・・」 と言われます。そんな時には胸を張って、「1組です」 と言えるように過ごしてもらいたいですね。
てか、そもそも、「お前」 って呼び方自体が私には理解できませんが・・・。
 ぢゃな。
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勇気を持って挑戦を続けろ。過去の栄光に浸っていては、次の勝利が遠ざかる
 

23年前。

 投稿者:齋藤。  投稿日:2018年 1月23日(火)11時17分56秒
  035 01月17日



23年前の今日1月17日に何が起こったか、諸君はあまり認識していませんよね。生まれていませんもの。私は29歳の駆け出し教師でした。当時の私が何をして何を思ったか・・・。
 当時ひとり暮らしをしていた私は、早朝のニュースを軽く見たまま、出勤準備をしてそそくさと出かけてしまいました。職場に着いてから、「なんだか関西地区で地震があったみたいだねぇ」 なんてのんきに話をし、日々の仕事をこなしていました。今のように教室や職員室にテレビがありませんでしたから、情報が全く入ってきません。
 昼頃になり、ラジオを聞いたスクールバスの運転手さん経由で、その後の情報が入ってきました。被害者数は数百名単位だということ等など・・・。その後も続々と情報が入ってきます。入ってくる度に被害者の数が増えていきました。
 これはのんきに弁当食ってる場合じゃないんじゃないか?と、思いながらも、何もできない私がいました。半信半疑のまま、自分のこの眼で見るまでは事実かどうかはわからんぞ、と何も出来ない自分を肯定していたのでしょうし、事実を知りたくない・・・という恐怖心もあったのでしょう。
 退勤時間を知らせるチャイムが鳴ると同時に、とりあえず速攻で自宅に帰りました。電気も点けず、スーツも脱がず、仁王立ちのままテレビの画面を見つめる私の口から、思わず 「マズイよ、コレは・・・」 という言葉が出たのをはっきりと覚えています。
 恥ずかしい話なのですが、これが私の平成7年1月17日の行動及び気持ちの変化です。本当に情けないくらい恥ずかしい話です。同じ日本という国の中、地球単位で見たらほんの小さなこの土地の中で、これほどの大惨事が起こっていながら、その事実を事実として即座に受け止めることが出来なかったことがまず恥ずかしい。そして事実としてしっかり受け止めてからも、ただテレビの画面を見続けることしか出来なかったことがもっと恥ずかしいのでした。
 世の中で何か大きな事件や事故が起きると 「えっ、しょせんは他人事でしょ。私にゃ関係ないよ」 という気持ちのヒトは、諸君の中にはほとんどいないと思いますが、私はそんな気持ちを持ってしまっていた、サイテーのヒトだったのです。実際にこのサイテーの考えを持ったヒト達の影響で、震災の時の対応が思うように行かないということもありました。震災の現場を見てみたいという、興味本位のヒト達の車が混じったこともあり、急を要するこの震災時に1時間数センチしか車が進まないような大渋滞も起きました。
 「常に相手のこと、ヒトのことを考えられるようにしないといけませんよ」 なんて意味のことを、よく諸君に言いますよね。私自身、阪神大震災をきっかけにヒトや物に対する考え方が変わったといっても過言ではないとさえ思っています。諸君も、自分の周りで起きたどんな出来事でも 「ヒト事だ、私には関係ない」 で済まさずに 「もし自分だったら・・・」 という考えで、自分のこととして置き換えていくことを心掛けてください。常にそういう人間でいてもらいたいものです。
 1月17日、諸君の世代ではあまり印象深い日ではないかもしれませんが、日本という国にとっては、大きな意味を持った日のひとつです。心の片隅で構いません、覚えておいてください。心温かい諸君のことですから大丈夫だよな。
 ぢゃな。
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自分のことをちょっと遠くから見て。自分のことを好きになれるかい?好きになれないなら、今日から変わってみせると誓いなさい。そのとき感じたことに逆らわないで
 

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